日本国内におけるステーションワゴンは、昨今のSUVブームに押され、影の薄い存在になっています。ファミリーカーとしての実用性や見た目の迫力といった点では、SUVやミニバンに軍配が上がるのかもしれません。ただ、欧州ではステーションワゴンの人気は高く、さまざまなメーカーから多くのモデルが発表されています。今回はその中から、高い実用性と走行性を兼ね備えた『Audi RS6 Avant』をご紹介します。
2002年の誕生以来、3世代に渡ってモデルチェンジを繰り返してきたRS6。4世代目となる2020年モデルは、これまでのものとは一線を画すモンスターに仕上がっています(ちなみにAudiの「 Avant 」とはワゴンタイプのことを指します)。
ステーションワゴンとは思えない走行性能
今回はAudiの技術開発責任者であるVictor Underberg氏とともに、このショットガンのような車に試乗することができました。「RS6 Avantは小さなドリフトも制御できます」曲がりくねった山道を攻めたとき、Underberg氏はそう教えてくれました。彼の言うように、この全長4.9mを超えるワゴン車を走らせるために必要な労力は、意外なほど少ないことに驚きます。
RS6 Avantの運転中はステーションワゴンであるということを忘れてしまうほど、実に楽しいものでした。「この車のパワーは、多くのドライバーを満足させることができるでしょう」とUnderberg氏は言います。「パワーだけでなく、快適かつ広いスペースを有する車です。何よりも静粛性が高く、走行中も普段と変わらないトーンで会話ができます。」
4.0リッターV8エンジン。これ以上何を求める?
スペック表を見なくとも、RS6 Avantが非常にエキサイティングなステーションワゴンであることがわかると思います。4.0リッターのツインターボチャージャー付きV8エンジンは、RSの名にふさわしいサウンドとパワーを備えています。
- 最高出力:591hp
- 最大トルク:800Nm
その加速力は凄まじく、大型のステーションワゴンを、停止状態から3.6秒で時速100kmに到達させることができます。試乗中、シートの背もたれにピンで留められたかのような感覚を何度も味わいました。この感覚は、ぜひ一度体験してみてほしいところです。筆者は市街地とサーキットの両方で試乗する機会に恵まれましたが、結果的にこのRS6 Avantが実に特別な車であることを実感できました。
8速のティプトロニック・トランスミッションは滑らかで変速ショックが少なく、それでいて純粋なスポーツカーのようにアグレッシブなフィーリングをもたらします。これはAudi ドライブセレクト、ダイナミックオールホイールステアリング(全輪操舵。詳細は後述)とも関係があり、標準のクワトロシステム(Audi独自の4輪駆動システム)と共にエンジンとトランスミッションのレスポンスに影響を与えます。
前後輪のトルク配分を適切に振り分けるAWDシステム
AWD(4輪駆動)システムにはメカニカルなセンターディファレンシャル(前後輪の回転を調整する装置)が装備されており、40:60の比率で前輪と後輪に動力を供給します。通常時は後輪の動力比が高く、FR車に近い駆動感覚を覚えます。しかし、システムがスリップを検知すると、最大70%のトルクを前輪に、または最大85%を後輪に振り分けることができます。これが、Audi RS6 Avantが小さな車のように曲がる理由の一つです。
実際よりもずっとコンパクトなパフォーマンスカーのようにも感じられ、軽快さはRS3に似ているとも言えます。しかし、RS6 AvantはRS3やRS5とはレベルが違います。横に大きく開いたシングルフレームグリル(Audi特有のフロントデザイン)や、前後に1.6インチずつ広がっているホイールアーチが関係しているのでしょう。おそらくこれは、フロントバンパーの側面にある空気取り入れ口に当たるものと思われます。いずれにせよ、RS6 Avantのデザインには純粋さと目的意識があります。
この車のフロント部分は細長く、まっすぐなルーフが特徴的で、スポーティーなパフォーマンスと広々としたインテリアを思わせるスタイリングです。実際、運転席は身長187cmの筆者が楽々と座ることができました。また、運転席の位置はそのまま、後席にも余裕があります。包まれ感のあるスポーティーなシートは、パワーを内に秘めた車であることを示唆しているといえるでしょう。
シーンに応じて乗り味を調整できるエアサスがおすすめ
サスペンションには、2つのオプションが用意されています。標準的なRSアダプティブエアサスペンションシステムは、スプリングレートが50%高い新しいエアスプリングモジュールで構成されており、車の姿勢を正常に保ちながら最高時速305kmに達することができます。また、自動制御により、運転モードに応じて車両を上下させることができます。
一方、スポーティーな選択肢としては、ダイナミックライドコントロールダンパー付きのRSスポーツサスペンションがあります。スチール製スプリングと3方向に調整可能なダンパーで構成された足回りは、コーナーを攻める際にレーシングカー並みの精度を発揮します。筆者はどちらも運転したことがありますが、RSスポーツサスペンションに憧れはあるものの、調整ができることを考えると標準的なエア・サスペンションの方がいいと言わざるを得ないでしょう。
筆者はきついカーブ、でこぼこに荒れた舗装面、勾配の激しい坂道など、まったく同じ道を走り、2つのサスペンションシステムを直接比較してみました。スチール製のRSスポーツサスペンションはしっかり動き、乗り心地が悪くなるほどではありません。しかし、一般の道路における日常的な使用ではエアサスペンションが最適です。 「家族を乗せてドライブするときは、コンフォートモードでリラックスできますが、一人で乗るときはスポーティーにして、ドライブを楽しむこともできます。」とUnderberg氏も同意してくれました。
卓越したハンドリング・ブレーキング性能
筆者の理想的なセットアップには、オプションのダイナミックリアホイールステアリングシステムも含まれています。このシステムにより、ハンドルを切ったときに後輪を前輪と逆方向に操舵することで最小旋回半径を小さくして、街中での操作性を向上させます。時速100km以上の高速域では反対に、前輪と同じ方向に後輪が曲がるため、安定性と応答性向上に繋がります。
フロントには10ピストン固定キャリパー設計の16.5インチの大径ブレーキ、リアには14.6インチのブレーキディスクが標準装備されています。オプションとしてセラミックブレーキも用意されており、そちらを選ぶとフロントにはさらに大きな17.3インチのディスクが付きます。より大きな制動力が得られることでしょう(公道で性能を発揮する機会はないかもしれませんが)。
サーキット走行にはスチール製のサスペンションが最適です。ステーションワゴンでサーキットを走るというのは少々見慣れない光景ですが、RS6 Avantなら堂々とこなせるでしょう。
高級感あふれるインテリア×大容量ラゲッジスペース
内装には、Audiならではの快適で使いやすい居住空間と、RS専用装備が搭載されています。RSスポーツシートは、純正のナッパレザーとアルカンタラで包まれたものが標準で、バルコナレザーのシートもオプションで選ぶことができます。
広大なラゲッジルームも魅力的なポイントです。通常時で565リットル、後部座席をたためば1,680リットルものスペースが広がります。
インパネにセットされた2つのタッチスクリーンも特徴的です。物理的なスイッチ類のないデジタルパネルながら、MMIタッチレスポンスシステムを搭載し、触覚と音のフィードバックにより直感的な操作を可能にしています。
マイルドハイブリッド搭載で環境性能も向上
RS6 Avantはあらゆる意味で真の高級車といえますが、同時にパワフルなV8エンジンを搭載した、ドイツ生まれのマッスルカーでもあります。ただ、従来のマッスルカーとは異なる点があります。それは、48ボルトのマイルドハイブリッドシステム(MHEV)を採用しているということです。このシステムにより、100km走行あたり最大0.8リットルの燃料を節約できます。
これはMercedes-Benz’sのEQ Boostのようにトルクを付加するシステムではありませんが、エンジンのシリンダー・オン・デマンド(気筒休止機構。低速走行時などはエンジンの一部のみが稼働する)と併用することで、停車時や渋滞時の燃料を節約するのに役立ちます。高級感や走りの過激さだけでなく、良心もしっかり兼ね備えているといえるでしょう。
ファミリーカーとしても最適
Audiは4ドアスポーツモデルのラインナップを徐々に拡大しており、これからRS6 AvantとRS7のどちらを購入すべきか、迷うユーザーも増えてくるでしょう。高性能なドイツ車に11万ドル以上を費やすとなると、非常に難しい選択です。 RS7はワゴンではなく、セダンに近いモデルです。ただ、実を言うと、RS6 AvantとRS7の機械的な中身は同じです。エンジンをはじめとした動力系統のほか、48ボルトのMHEVシステムまで共通です。
正直なところ、2020年モデルのRS7 Sportbackは筆者の心に最も強く残っています。しかし、家族がいることを考えると、RS6 Avant は理にかなった現実的な選択肢と言えるでしょう。妻と子どもを2人連れて長距離を旅するときに、スポーティーなSUVかRS6 Avant のどちらかを選べと言われたら、間違いなく私は後者を選ぶと思います。
RS6 Avantは意外にも便利で実用的な車です。例えば、意図的に5度のスリップ角でスライドを誘発し、タイヤを緩めることで最大の摩擦を出す、という運転テクニックがあります。筆者はあまり運転が得意な方ではないのですが、AudiのUnderberg氏はさすがに運転が上手く、そういった走りを何度も何度も確実に行っていました。かなり難しく思えるかもしれませんが、この車なら、簡単にやってのけることができます。このような芸当は、SUVではなかなか実現できないでしょう(RS Q8なら可能かもしれませんが)。
ワゴンブームの火付け役となるか?
現在の日本市場において、新型RS6 Avantは愛好家だけが乗るようなニッチな車だと言えるでしょう(それがかえって魅力を引き立てるように思えます)。もし日本にワゴンブームが訪れるとすれば、そのきっかけはこの車かもしれません。多くの日本人が見過ごしてきたステーションワゴンの魅力について、いま一度振り返る必要があるのではないでしょう。
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