異次元の高級感と存在感 ロールスロイス・ファントム レビュー

このファントムの評価をするのに、普通とは違う表現を見つけなければならない気がする。というのも、いつもの試乗記で採用している言い回しでは物足りないのだ。

「一番だらけ」のファントムは、王室の馬車のようだ

全長5.7m、全幅2mだから運転の慣れが必要。
Photo by Peter Lyon

でも、ふさわしい新しい言語が作れないので、現在存在する言葉を使ってみるしかない。ファントムは、今まで乗ったクルマの中で一番長いし、一番ゴージャスだし、オプション付きで6900万円と一番高額だし、一番静かだ。一番だらけだからこそ、ファントムに乗ることは、今いる宇宙と並行している宇宙にタイムスリップしたような気分だ。

まず、ファントムが目の前に登場した途端、その巨大さに驚く。全長5.7メートル以上で、全幅は2メートル、しかも車重は2500kgもある。存在感は100 年以上前の王室の馬車のようなルックスで、高級感があふれている。何よりも目立つのは、パンテオン風グリルだ。今回は旧型よりも数cm上に伸びており、より立派になっている。古代エジプトのツタンカーメン王がもし生きていたら、きっと乗りたがるだろう。

4WSもついているから、小回りが効く。
Photo by Peter Lyon

デザインはあくまでも、主観的な評価であって、人によって解釈は違うけど、このグリルと横に伸びるヘッドライトのコンビネーションは、決して美しいとは言い切れない。確かに、存在感満点でロールスの象徴的なデザインのアクセントとは言えるけど、さりげなさがないね。同車の公式マスコット「スピリット・オブ・エクスタシー」とのマリアージュがあることによって、そのノーズのデザインがなんとなくバランスが取れる感じだ。でも、それはファントムがこのグリルとこの巨大なボディ、そして限りのない高級感を狙っているところだろう。

「世界で最も静粛なクルマ」を目指した

観音開きドアは、乗り降りしやすい。
Photo by Peter Lyon

BMW傘下に入っているロールス・ロイスにとって、ファントムが2017年に8代めとしてフルモデルチェンジされるのは、14年ぶりだった。ファントムが使うロールス専用プラットフォームの「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」は、2018年にデビューした同社初のSUV「カリナン」にも使われている。オールアルミのスペースフレームという軽量構造だと聞くと、当然、開発チームは軽量化や効率化を狙ったと思いきや、そうではなく、“世界で最も静粛なクルマ”にする事がゴールだったという。それはそうだ。ロールスロイスに乗るなら、気にしてはならないことは、車重と燃費とコスト。「そのオプションはいくら?」と聞くような人は、ファントムは買えないという証拠だ。

実は、ファントムに使われる遮音材はなんとお相撲さん1人分ほどの計130kgだ。しかも、4万4千色の中から選べるボディカラーは、車体全体が2層で厚み6mmのつや出しペイントで覆われ、どの高級車のガラスをも凌ぐ極厚の2重ガラスが使われる窓からは、外の音は室内に入れない。音や振動を吸収するために、タイヤの中にはウレタンフォームが潜んでいる。また、厚さ6cmほど世界一分厚いフロアカーペットも、音を吸収しているに違いない(笑)。

インパネのデザインは高級ヨットからのインスピレーションを受けている。
Photo by Peter Lyon

ファントムのキャビンで一番うるさい音はおそらく、後部席の2人が乾杯して「チン」と鳴らすロールス専用シャンペーン・フルートの音だろう。「このクルマの静粛性は世界一だ」などと言ったら、失礼に当たる感じがする。なんかウサイン・ボルトは速いと言っていると同じような雰囲気。当たり前すぎる。室内は異次元の静かだけど、それ以上に驚くのは、高級感というより、ロールスの職人の技術のレベルと、その精巧さ。

話題の観音開きドアは魔法の部屋へのお誘い

フロントのグリルより話題になるとしたら、観音開きのドアだ。それを開けると、まるでリッツ・カールトン級のスイートの高級な家具とアクセサリーが見えきそうだ。観音開きドアだからこそ、後部席に乗り降りしやすいだけでなく、王室の馬車に乗るような気分。まるで魔法の部屋へのお誘いのようだ。魔法の部屋へのお誘い実際、本革シートに座ってみると、「こんなに座り心地の良いシートがあったか」と思うほど感動的だ。頭を後ろのヘッドレストに押し込むと、普通のヘッドレストよりも枕みたいで、しかも天井を見上げると、星空が広がる。その「スターライト・ヘッドライナー」という天井には、なんと1300個以上のLEDライトが内蔵されている。流れ星も飛ぶようだけど、いつ飛ぶわからないという「見てからのお楽しみ」がある。

後部席にはマッサージ機はついている。
Photo by Peter Lyon

後部席シートには当然、マッサージ機も入っているし、肘かけのフタを開けると、インフォテインメントのダイアルも入っているし、ピクニック・テーブルとテレビを出してくれるスイッチもいじることもできる。後部席では、ドアのハンドルまで手が届かなくても、頭の横にあるボタンを押せば、ドアは自動的に閉まる。また、雨が良く降る英国の会社だから想像できた専用部品だけど、ドアを開けて降りると、ドアの中に収められた専用傘を取り出すことができる。

ファントムのエンジンも美術品と呼べるだろう。なんと571psと900Nmのトルクを発揮する6.75リッターV12ツインターボは、見事な加速性を持つ。0-100 km/hでは、スポーツカー並みの5秒強。いうまでもなく、低中速トルクは非常に太くて、市街地を走るにしても、高速道路で合流する時でも、アクセルを少し踏めば、あなたは走っていたい場所にすぐにたどり着く。ファントムの走りは、エアスプリングと連続可変ダンパーが基本であり、カメラによる先読みパラメーターも合わせて制御するセミアクティブサスペンションが、とろけるほどの乗り心地を提供する。

魔法の絨毯の乗り心地

ステアリングも低速では軽いのに対して、速度が上がると、重みと手応えが出てくるし、路面からのフィードバックも十分と言える。ただ、クルマがこれだけ重くなると、僕はもう少し強力な制動力が欲しいと思う。急にブレーキを踏まなければならなくなる渋滞の中を走っていると、やはり、いつも以上前方のクルマと距離を置いてしまう。

コントロールやスイッチ類の完成度は全てピカイチで操作しやすい。
Photo by Peter Lyon

不思議なことに、ファントムは巨大なクルマで、少し慣れが必要だけど、車体の四隅が分かりやすい。ボンネット中央の「スピリットちゃん」のおかげもあって、運転席の反対側の白線の位置が良くわかるし、四輪操舵(4WS)で取り回し性も予想以上に良好だ。日本の狭い路地では、その4WSが非常にありがたい。

ロールスの乗り心地を「魔法の絨毯」という表現するけど、まさにその通りだ。やはり、エアサスがついているからこそ、フアフアと走るそのフィーリングはまるで雲の上を走行している感じ。ただ、ウネリや凸凹の激しい道路を走る場合、後部席では、多少ピッチング現象が起きるので、そういう時には足回りが一瞬に硬くなるスポーツモードに切り替えた方がいいだろう。

ファントムはいろんな意味で異次元のクルマた。あなたが乗りたければ、一つ気をつけて欲しい。ファントムの世界一の高級感と存在感はあなたの軸と意識を変えてしまうかもしれない。一回ファントムに乗ると、もう現実社会に戻れない可能性がある―。

ここは良い

*異次元の高級感と存在感

*世界一の静粛性

*運転しやすい

ここはもう少し

*異次元の価格

*V12の燃費

*駐車場がなかなか見つからないこと

ピーター ライオン

1988年より日本を拠点に活動するモーター・ジャーナリスト。英語と日本語で書く氏 は、今まで(米)カー&ドライバー、(米)フォーブス、(日)フォーブス・ジャパン 、(英)オートカーなど数多い国内外の媒体に寄稿してきた。日本COTY選考委員。ワー ルド・カー・アワード会長。AJAJ会員。著作「サンキューハザードは世界の’愛’言葉 」(JAF出版、2014年)。2015から3年間、NHK国際放送の自動車番組「SAMURAI WHEELS」の司会を務める。スラッシュギアジャパンでは自動車関連の記事・編集を担当し、動 画コンテンツの制作に参画する

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