ジャガーは実はラリーカーも作っていた?! Fタイプのラリー仕様に乗ってみた

僕は長年、欧米で開催される試乗会やモーターショーに足を伸ばしてきているけど、毎回どこへ行っても、必ず行った先々の女性たちに「一番美しいクルマは何だと思いますか?」と聞いている。不思議なぐらい、返ってくる返事の多くは「ジャガー」だという。同車のデザインから一番色気を感じると皆が言う。

「V6じゃないんだ?」と思った人もいるかもしれないけど、2.0Lターボで充分速い。
Photo by Jaguar

名車XK120にインスパイアされたFタイプ「ラリーカー」

87年前に設立されたジャガーからは、スポーツカーのXK120、Eタイプ、Fタイプや、高級セダンのMk2やXJなどの名車が送り出されてきているけど、どれもヨダレが出るほどの美しいラインやプロポーションは人の記憶から消えないはず。女性の厳しい目には、世界のどのメーカーよりも、ジャガーの動的な美が染み付いている。ジャガーというと、昔からスポーツカーかセダン、そして最近ではSUVという3本立てのイメージが強い。でも、ジャガーは実はFタイプを使ってラリーカーも作っていたことはご存知だっただろうか?

ルマンでもF1でも数々の勝利を収めてきているジャガーも、ラリーではほぼ無名。実を言うと、1950年にジャガーの創立者ウィリアム・ライオンズ氏の娘とその夫が、名車のXK120を繰って名門「アルパイン・ラリー」などに参戦し、1953年には英国RACラリーの初優勝者として讃えられた。

この前、英国ゲイドン市内に開設したばかりのジャガー・デザイン・センターを訪れた時、敷地内のオフロードコースで非常に珍しいFタイプのラリーカーに乗るチャンスを与えられた。同車は、そのXK120のラリーカーからインスピレーションを受けると同時に、同車のアルパインラリー勝利を記念するために作られたという。Fタイプのラリー仕様はラリーに参戦するためにできたのではなく、ジャガーでも、FIAの規則に合うラリーカーが作れると証明したかったらしい。

Fタイプのラリーカーは、名車XK120からインスピレーションを受けた。
Photo by Jaguar

圧倒的なパワーより、操縦性が重要

「このワンオフのラリーカーを作ろうと決めた時、まず一番最初に、XK120はオープンカーだったので、Fタイプのラリーカーもオープンカーの形状にしました。それに、ラリーカーだからこそ、コーナーでキュウッと曲がらなければならないので、フロントをできる限り軽くしようと思って、元々ラインアップにあった4気筒のターボエンジン仕様を選びました。もちろん、このクルマはジャガーだから後輪駆動にしました」とジャガーの元デザイン・ディレクターのイアン・カラムが教えてくれた。

「やはり、このクルマで一番重要なポイントは、圧倒的なパワーよりも、操縦性と言うかコーナリング性能ですね。だから、V6より軽い4気筒の選択しかなかったでしょう」と、カラムは言った。

でも、せっかく作るなら、本格的なラリーカーらしいクルマを作りたいとカラムが言うので、ジャガーらしく美的なルックスにも力を入れたようだ。「まずは、ラリー車に必要なスポットライトを考えた時に、やはり大型4本立てのスポットライトをつけて、カラリングもジャガーのモータースポーツ車らしい模様にしました。内装には、レースカー用のシートや6点式ハーネスもつけ換えました。そして、最後に専用のラリータイヤを履き替えて、ブレーキの容量も上げました」と同氏。

コーナーではロールし、急ブレーキではノーズが沈むFタイプの動きは全て自然だから違和感はない。
Photo by Jaguar

タイヤ、サス、エンジンまでは本格的なラリーカー仕様

実際にジャガーの専用オフロードコースで走ってみて、僕にもカラムのフィロソフィが良くわかった。ステアリング良くターンインできるように、エンジンは重いV6ではなく、300psを発生する2.0リッターの4気筒ターボと通常の8速ATが積まれた。「え~、V6じゃないんだ? 」と思った人もいるかもしれないけど、この2.0Lターボで充分速い。やはり、走りを重視する車両なので、FタイプV6仕様の機械式LSDを採用している。

このコンビネーションがちょうど良いおかげで、Fタイプの走りは半端ない。激しいラリーステージが軽快に走れるように軽量化を計り、既存のサスペンションからアイバッハ製の調整可能なダンパーに変更。また、FIA認定のロールケージを装着し、小さいながらも16インチのラリー専用タイヤを履かせ、大型ブレーキと強烈な油圧式ハンドブレーキをつけた。

全長1kmほどのオフロードコースを走ったけど、低中速トルクは太いし、アクセルのレスポンスは鋭い。コーナーの進入でフルブレーキイングを終えて前輪に荷重をかけてターンインし、そしてその直後にアクセルを踏むと、直ちに後輪にパワーが伝達される。テールを少し流しながらのコーナーからの立ち上がりは素早い。ターボラグが全くないのは嬉しい。

コーナーでは、Fタイプのボディはロールし、急ブレーキではノーズが沈む。でも、動きは全て自然だから違和感はない。また、タイトなコーナーでは、コックピットの左側に設定された油圧式の棒みたいな大型ハンドブレーキをパッと引っ張ると、後輪が少しロックされ、テールがスライドしやすくなる。やはり、アナログなクルマは楽しい。電子制御のハンドブレーキは要らない。

棒の形をした油圧式ハンドブレーキをパッと引っ張ると、後輪が少しロックされ、テールがスライドしやすくなる。
Photo by Jaguar

アナログならではの異次元の楽しさ 泥跳ねさえご褒美に

この車はオープンカーだから、水たまりに突っ込んで泥がそのまま車内に飛んできたけど、気にしない。洋服についた泥は、まるでこのラリーカーに乗った証拠で、ご褒美みたいにありがいものだった。XK120ラリーカー勝利の70周年記念と歴史あるジャガーの新デザインセンターの開所式にふさわしい試乗だと思った。

カラムは、このラリーカーをたった2台しか作らなかったと言うけど、完成度があまりにも高いし、走る楽しさが今までの次元と違うので、限定版を作ってもおかしくないと思った。この特別な企画が冒険のレベルで終わってしまうのは、とても残念。でも、このクルマがいずれジャガーの長い歴史の中の一台のクラシックになっていくと考えると微笑みがこぼれる。

ピーター ライオン

1988年より日本を拠点に活動するモーター・ジャーナリスト。英語と日本語で書く氏 は、今まで(米)カー&ドライバー、(米)フォーブス、(日)フォーブス・ジャパン 、(英)オートカーなど数多い国内外の媒体に寄稿してきた。日本COTY選考委員。ワー ルド・カー・アワード会長。AJAJ会員。著作「サンキューハザードは世界の’愛’言葉 」(JAF出版、2014年)。2015から3年間、NHK国際放送の自動車番組「SAMURAI WHEELS」の司会を務める。スラッシュギアジャパンでは自動車関連の記事・編集を担当し、動 画コンテンツの制作に参画する

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