スポーツカーに乗りたい? 全ての欲望を満たすのはアルピーヌA110

僕は仕事上、年間120台以上のクルマを評価するけど、飛びっきり目立つ車両はそんなにない。もちろん、毎年、友達や知人におすすめできる良いクルマはたくさん登場するけど、僕のドライバーとしての欲望や期待を満たす車両はめったに巡り合わない。でも、ここ数年色々乗った中で、そのスリル度、走行性能の高さとコストパフォーマンスの良さが上手くマリアージュしたクルマが、1台だけあった。その名は、アルピーヌA110。

操作に対するノーズの反応の速さや一体感、ステアリングの重さや手応え、また路面から伝わるフィードバックの正確さは、最初から最後まで納得。Photo by Renault

辛口の英国人ジャーナリストも絶賛

実は僕が乗る直前に、辛口の英国人の同僚からかなり珍しいコメントをもらっていた。「このアルピーヌは最高だ。加速性は充分だし、コーナリング性能もピカイチ。ライバルのポルシェ・ケイマンやアウディT Tより走りが良いし、楽しい!」という好評が届いた。はっきり言って、彼からフランス車に対して、そんな褒め言葉を聞くのは初めてだった。英国人のジャーナリストがフランス製のスポーツカーを褒めることは、フランス人が英国料理を褒めるのと同じぐらい珍しいことだから。

とはいえ、そういうコメントになるべく左右されずに、公平に評価したいと思って新型アルピーヌA110に乗ってみた。ちなみに、僕が試乗した仕様は「A110ピュア」と言って、エントリーレベルのバージョンだ。最近、ラインアップに加わったのが40psアップのA110Sだ。

ドライバーを第一にデザインされたコックピットはスパルタンかつシンプルではあるけど、コントロールやスイッチ類は機能的で使いやすい。同車の1.8Lのターボエンジンのラグのない素早いレスポンスと、コーナーでの正確さと素直なラインどりは期待以上だった。全てのコーナーは、ドライバーにとってご褒美だ。

新型車の外観は初代のエッセンスを受け継ぎながらも、独自の個性と21世紀のデザインニュアンスを付け足している。Photo by Peter Lyon

巨匠ミケロッティが手がけた美しいスタイリング

でも、アルピーヌの魅力とスペックを話す前に、ここで簡単に歴史を振り返ってみよう。1955年にフランスのレーサーのジャン・レデレ選手が勝利を飾ったアルピーヌ・カップから名前を借りて、アルピーヌ社が設立された。1961年に有名なデザイナー、ジョヴァンニ・ミケロッティが描いた初代アルピーヌA110の美しさと完璧なプロポーションは業界に衝撃を与えた。

1973年にルノーに買収された時、A110のネーミングをそのまま引き継いだマシンで世界ラリー選手権などで優勝し、全世界に名を知らしめた。何台かのスポーツカーを世に送り出したが、1995年に生産を中止。そして、22年ぶりに2017年に活動を復活させ、2018年に生まれ変わった新アルピーヌA110を登場させ、再び業界を圧倒した。新型車の外観は初代のエッセンスを受け継ぎながらも、独自の個性と21世紀のデザインニュアンスを付け足し、現代にふさわしいプロポーションの良いスポーツカーとして蘇った。やはり、初代と同様のミドシップ・エンジン構造なので、ショートノーズと短いオーバーハングが美しさの1つの秘訣。

アルピーヌのシフトがクイックで、その気持ちよさがドライバーに微笑みを与える。
Photo by Renault

1.8Lのターボエンジンでパワーは十二分

パワートレーンは、ルノーと日産アライアンスで共同開発された1.8リッター直噴ターボエンジンを採用。A110ピュアの出力は252psを発揮し、最大トルクは320Nmと同エンジン採用のメガーヌRSよりも控えめだ。ちなみに、最近のA110Sは292psにパワーアップしている。A110は車重1103kgしかないので、そのパワーは十二分と言える。それに対して、マツダ・ロードスターRFと同様の車重だけど、アルピーヌは70psほど上回る。正直なところ、マツダ最高の2Lエンジンを積んだロードスターRFは素晴らしいクーペだけど、少しパワー不足を感じる時もあるのに対して、A110はそういうことは全くない。

それに、アルピーヌのシフトがクイックで、その気持ちよさがドライバーに微笑みを与える。シフトショックのない7速DCTと1.8Lのエンジンとの組み合わせが優れているので、そのパワーを思う存分に引き出していける。アクセルをフロアまで踏みこんでもターボラグをほとんど感じないし、2000回転からの低中速トルクのレスポンスが見事。エキゾーストノートも良い味を出しているが、この手のスポーツカーには、もう少し存在感を主張できる乾いた低音があっても良かったと思う。

コーナーの入口から出口まで思うように理想的で正確なステアリングは文句なし。
Photo by Renault

ステアリング感覚はピカイチ

ちなみに、ドライバーのムードに合わせて、ステアリングに付いているボタンで3つのモード(ノーマル/スポーツ/トラック)が選択可能。気分によってスロットル・レスポンス、ステアリング・アシスト、変速のクイックさを自由自在に合わせられる。サーキットやマウンテンロードまで行くようなオーナーなら、トラック・モードを使いたがるだろうけど、毎日乗るには、ノーマルモードで十分満足できる。

エンジンと7速DCTの絶妙なコンビネーションはフランスの誇りと言える。だけど、それよりもドライバーを満足させるのが、ステアリング感覚だね。1.8Lの4気筒ターボはミッドシップでライトウェイト、しかも50:50の前後重量配分という理想的なスペックはどのデザイナーも狙うコンビネーションだと言える。操作に対するノーズの反応の速さや一体感、ステアリングの重さや手応え、また路面から伝わるフィードバックの正確さは、最初から最後まで納得。コーナーの入口から出口まで思うように理想的で正確なステアリングは文句なし。ブレーキの効き目も充分だし、ペダル剛性も良い。もちろん、ポルシェ・ケイマンほどのブレーキ性能は無いけど、充分と言える。

フル液晶メーターやセンターモニター、スイッチ類などにより近代的なイメージを持つキャビン。Photo by Peter Lyon

室内は初代からのヒントは受けているが、全くの別物

室内は、シンプルで機能的と言う意味では初代の味を受け継いでいるものの、デザイン自体は全くの別物。フル液晶メーターやセンターモニター、スイッチ類などにより近代的なイメージで、少量生産スポーツカーにありがちな安っぽさや手作り感もない。

さて、A110に弱点はないかというと、そうではない。軽量化を優先したコクピットは残念ながら、リクライニングも調整もできないシートだけに慣れが必要だ。シートのクッション素材が薄いシートになっているので、サポート性は良いものの、座り心地はこのセグメントでは最も硬い。でも、シートの元々の位置が適切だし、チルトとテレスコピック調整ができるので、ドライバーに最適なドライビングポジションが合わせられる。この車は本当に運転者を考えた1台だと思った。

ということで、ライバルのポルシェ718ケイマン、アウディTT、ロータス・エリーゼ、アルファロメオ4Cなどと比較してみると、ハンドリングの良さ、パワー感、ドライバーが感じる快感とスリルなどの項目では、アルピーヌA110はどの競合車に対しても軍配が上がると思う。一番のライバル、718ケイマンだと、パワーは40ps上回るが、A110よりも価格は100万安い。また、アルファ4Cとエリーゼの出力は多少A100より下回るのに、価格はほぼ同様。

そして、T TならA110よりパワーは30psほど力強いけど、価格は同じぐらい。色々パワーの比較と価格差に触れてみたけど、やはり一番重要なのは、ドライバーが感じるスリルと価格のバランスだと思う。僕と英国の同僚はこの5台のなかで、迷わずA110を選ぶ。富裕層で違いのわかる人も同意見のようだ。実はマクラーレンなどのF1マシンのデザインで有名なゴードン・マレーと、名ロックバンドのピンク・フロイドのニック・メイソン氏がすでに所有している。そう、800万円の余裕があれば、ね。

ピーター ライオン

1988年より日本を拠点に活動するモーター・ジャーナリスト。英語と日本語で書く氏 は、今まで(米)カー&ドライバー、(米)フォーブス、(日)フォーブス・ジャパン 、(英)オートカーなど数多い国内外の媒体に寄稿してきた。日本COTY選考委員。ワー ルド・カー・アワード会長。AJAJ会員。著作「サンキューハザードは世界の’愛’言葉 」(JAF出版、2014年)。2015から3年間、NHK国際放送の自動車番組「SAMURAI WHEELS」の司会を務める。スラッシュギアジャパンでは自動車関連の記事・編集を担当し、動 画コンテンツの制作に参画する

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