📖 この記事で分かること
・米軍300万人が使う専用AIプラットフォーム「GenAI.mil」が始動
・Google Geminiが軍事専用の高度なセキュリティ環境で利用可能に
・2018年の社員反対から一転、Googleが全面協力する理由
・日本企業や世界のAI競争に与える影響
💡 知っておきたい用語
・GenAI.mil【ジェンエーアイ・ドット・ミル】:米国防総省が運営する軍事専用の生成AIプラットフォーム。民間のChatGPTのような会話型AIを、軍の機密情報も扱える高度なセキュリティ環境で使えるようにしたシステム。
最終更新日: 2025年12月11日
米国防総省は2025年12月9日、軍事専用の生成AIプラットフォーム「GenAI.mil」の運用開始を発表しました[1]。最初に導入されるAIシステムとしてGoogle Cloud の「Gemini for Government」が選ばれ、約300万人の軍人・民間職員・契約業者が利用できるようになります[4]。
Pete Hegseth国防長官は発表動画で「アメリカの戦争の未来はここにある。それはAIと綴られる」と述べ、GenAI.milが「世界最強のフロンティアAIモデルをすべてのアメリカの戦士の手に直接届ける」と強調しました[4]。
300万人の戦士が使うAIプラットフォーム
GenAI.milは、米国防総省の全職員が日常業務で生成AIを活用できるように設計された専用プラットフォームです。このプラットフォームにアクセスするには国防総省が発行する共通アクセスカード(CAC)が必要で、権限のない人員はアクセスできません[4]。
正直なところ、これは単なる「軍隊版ChatGPT」ではありません。実に興味深いのは、このシステムが処理できる情報のレベルです。
Hegseth長官によれば、GenAI.milでは以下のような作業が可能になります[5]:
- 深い調査・研究の実施
- 文書の自動フォーマット
- 動画や画像の高速分析
- 契約ワークフローの加速
- 人事オンボーディングの簡素化
- 反復的な管理業務の自動化
「ボタンをクリックするだけで、AIモデルがこれまでにないスピードで深い調査を実施し、文書をフォーマットし、動画や画像を分析できる」とHegseth長官は説明しています[8]。
Googleが選ばれた3つの理由
では、なぜGoogleのGeminiが選ばれたのでしょうか。国防総省とGoogle Cloudの公式発表によれば、主に3つの理由があります[2]:
1. IL-5認証とデータ主権
Gemini for Governmentは、IL-5(Impact Level 5)という高度なセキュリティレベルで運用されます。これは何を意味するのか。簡単に言えば、「機密扱いではないが厳重な管理が必要な情報(CUI:Controlled Unclassified Information)」を安全に処理できるレベルです。
技術的には、ソフトウェアで定義されたソブリンクラウド環境で機密データを処理できることを意味します。そして注目すべき点は、国防総省がこのプラットフォームで使用するデータは、Googleの公開モデルのトレーニングには一切使用されないという点です[2]。
2. RAG【ラグ】技術とGoogle検索との統合
Gemini for Governmentは、RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)という技術を採用しています。これはAIの「幻覚(hallucination)」、つまり事実でない情報を生成してしまうリスクを大幅に減らす仕組みです。
具体的には、Google検索と連携することで、AIの回答が信頼できる情報源に基づいているかを確認できます[1]。軍事利用では正確性が生死に関わるため、この機能は極めて重要です。
3. エンタープライズグレードの実績
Gemini for Governmentは、FedRAMP High(連邦政府向けセキュリティ認証の最高レベル)とIL-5の両方の認証を取得しています[2]。世界最大級の雇用主である国防総省が採用したことは、このプラットフォームのスケーラビリティと信頼性を証明しています。
Project Mavenから何が変わったのか
ここで興味深い歴史的経緯があります。2018年、Googleは国防総省の「Project Maven」に協力していました。これは機械学習とAIを使ってドローン映像から車両や物体を識別し、人間のアナリストの作業負担を減らすプロジェクトでした[10]。
ただ、この協力は大きな論争を引き起こしました。3,100人以上のGoogle社員が、同社の国防総省プロジェクトからの撤退を求める手紙に署名したのです[10]。結果として、GoogleはProject Mavenの契約更新を見送りました。
それから7年。今回の発表は、Googleの方針が大きく転換したことを示しています。2025年7月、GoogleはAI開発を支援するため2億ドル(約300億円)の契約を国防総省のAI部門と締結しました[10]。
Emil Michael研究・工学担当国防次官は「AIの覇権を巡る世界的な競争で2位に賞はない。我々は強力なAI能力を急速に展開している。AIはアメリカの次なる『明白な天命』であり、我々はこの新しいフロンティアを支配することを確実にしている」と述べています[5]。
AI戦争時代の幕開け
GenAI.milの立ち上げは、トランプ大統領が2025年7月に発令したAI技術優位性の達成命令への対応です[1]。この命令から5ヶ月という驚異的なスピードで、AIは国防総省のすべてのデスクトップと世界中の米軍施設で利用可能になりました。
国防総省研究・工学部門のAI Rapid Capabilities Cell(AI迅速能力セル)が中心となって開発を進めたGenAI.milは、「戦士の精神を復活させ、アメリカの軍事能力を再構築し、技術的優位性と妥協なき決意による抑止力を再確立する」という国防総省の核心的信条を体現していると報じられています[1]。
Hegseth長官は「我々は戦闘部隊として人工知能に全てを賭けている。国防総省はアメリカの商業的天才を活用し、生成AIを日常の戦闘リズムに組み込んでいる」と語っています[6]。
日本企業や世界への影響
この動きは、世界のAI競争における大きな転換点となる可能性があります。中国やロシアも軍事AIの開発を進める中、アメリカは商用AI技術を迅速に軍事転用する戦略を明確に示しました。
日本企業にとっても無関心ではいられません。防衛関連技術の開発や、セキュアなAIシステムの構築において、IL-5相当の高度なセキュリティ基準が今後グローバルスタンダードになる可能性があります。
また、今回の発表では「複数のフロンティアAI能力」がGenAI.milに追加される予定とされており[5]、Gemini以外のAIプロバイダーも参入する可能性が示唆されています。OpenAIやAnthropic【アンソロピック】などの他のAI企業も、今後軍事分野への関与を強める可能性があるでしょう。
実際、OpenAIは既にAnduril【アンデュリル】(Oculus創業者Palmer Luckey【パーマー・ラッキー】氏の防衛企業)と提携し、国家安全保障任務向けの高度なAIソリューション展開を進めています[10]。
倫理的な課題と今後の展望
GenAI.milの登場は、AI倫理という観点からも重要な議論を呼び起こしています。興味深いことに、GenAI.milに搭載されたAIチャットボットは、麻薬密輸容疑者への海上空爆シナリオについて「明白に違法」と回答したと報じられています[11]。
これは、AIが軍事作戦における法的・倫理的判断にどの程度関与すべきかという根本的な問いを投げかけます。Palmer Luckey氏は最近、AIが戦場で「誰が生き誰が死ぬかを決定することを許可すべき」と発言し、「重要なのは可能な限り効果的であることであり、劣った技術を使うことに道徳的優位性はない」と主張しています[10]。
注目すべきは、GenAI.milが扱うのは「非機密情報」であり、トップシークレットレベルの作戦計画には使用できない点です[5]。ただ、将来的にはより高度な機密レベルでの運用も検討される可能性があります。
よくある質問
Q: GenAI.milは民間人も使えるのですか?
A: いいえ、GenAI.milにアクセスするには国防総省が発行する共通アクセスカード(CAC)が必要です。軍人、国防総省の民間職員、承認された契約業者のみが利用できます。
Q: GoogleはこのプラットフォームでユーザーデータをAI訓練に使いますか?
A: いいえ、Google Cloudの公式発表によれば、国防総省がGenAI.milで使用するデータは、Googleの公開AIモデルのトレーニングには一切使用されません。データ主権は完全に国防総省が保持します。
Q: 他のAI企業もGenAI.milに参加するのでしょうか?
A: 国防総省の発表では「複数のフロンティアAI能力」を提供する予定とされており、Gemini以外のAIモデルも将来的に追加される可能性が高いと予想されます。
まとめ
米国防総省によるGenAI.milの立ち上げとGoogle Geminiの採用は、AI技術が軍事分野で本格的に活用される「AI戦争時代」の幕開けを告げる出来事です。300万人規模での商用AI導入という史上最大級のプロジェクトは、IL-5という高度なセキュリティレベル、RAG技術による精度向上、そしてGoogleの方針転換という複数の要素が組み合わさって実現しました。
今後、世界各国が軍事AIの開発競争を加速させる中、この動きは国際的なAI安全保障の枠組みや、企業の軍事協力に関する倫理的議論に大きな影響を与えるでしょう。日本企業にとっても、防衛技術分野でのAI活用や高度なセキュリティ基準への対応が、今後ますます重要になると思われます。
【用語解説】
- GenAI.mil【ジェンエーアイ・ドット・ミル】: 米国防総省が運営する軍事専用の生成AIプラットフォーム。軍人・民間職員・契約業者約300万人が利用可能。
- IL-5(Impact Level 5)【インパクト・レベル・ファイブ】: 米国防総省のセキュリティ分類で、CUI(機密扱いではないが管理が必要な情報)を処理できる高度なセキュリティレベル。
- RAG(Retrieval-Augmented Generation)【ラグ】: 検索拡張生成。AIが回答を生成する際に、信頼できる情報源から最新情報を検索して参照することで、精度を高め「幻覚(誤った情報生成)」を減らす技術。
- CUI(Controlled Unclassified Information)【シーユーアイ】: 機密扱いではないが、適切な管理と保護が必要な政府情報。個人情報や法執行情報などが含まれる。
- Anduril【アンデュリル】: Oculus VR創業者Palmer Luckey氏が設立した防衛技術企業。AI・自律システム・センサー技術を活用した防衛ソリューションを提供。
免責事項: 本記事の情報は執筆時点(2025年12月11日)のものです。必ず最新情報をご確認ください。AI技術は急速に進歩しているため、機能や制限は予告なく変更される場合があります。また、軍事技術に関する情報は公開情報に基づいており、機密情報は含まれていません。
Citations:
[1] https://www.war.gov/News/Releases/Release/Article/4354916/the-war-department-unleashes-ai-on-new-genaimil-platform/
[2] https://www.defensenews.com/pentagon/2025/12/09/pentagon-taps-google-gemini-launches-new-site-to-boost-ai-use/
[3] https://www.googlecloudpresscorner.com/2025-12-09-Chief-Digital-and-Artificial-Intelligence-Office-Selects-Google-Clouds-AI-to-Power-GenAI-mil
[4] https://breakingdefense.com/2025/12/pentagon-rolls-out-genai-platform-to-all-personnel-using-googles-gemini/
[5] https://www.foxbusiness.com/technology/pentagon-launches-military-ai-platform-powered-google-gemini-defense-operations
[6] https://defensescoop.com/2025/12/09/genai-mil-platform-dod-commercial-ai-models-agentic-tools-google-gemini/
[7] https://www.techspot.com/news/110545-pentagon-new-military-ai-platform-google-gemini-make.html
[8] https://san.com/cc/the-militarys-new-ai-says-hypothetical-boat-strike-scenario-unambiguously-illegal/
